大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)1889号 判決

被告人 山本皓靖

〔抄 録〕

よつて所論にかんがみ、職権をもつて記録を調査すると、次のようなことがわかる。すなわち、まず、本件公訴事実は、「被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年一〇月一五日午後二時四五分ころ、普通乗用自動車を運転し、福島県いわき市内郷御厩町入合三五番地付近道路を平方面から常盤方面に向け、時速約六〇キロメートルで進行し、自車進路前方の交通整理の行なわれていない交差点を直進しようとしたが、同交差点には横断歩道が設けられているので、前方、左右を注視し、とくに横断者の有無及び動静を確認して進行し、横断者との衝突事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然進行した過失により、同交差点の横断歩道上に佇立している猪狩義重(当時七〇年)を約二七・六〇メートルに接近してはじめて認め、危険を感じ、急制動をかけたが及ばず、自車前部右角付近に同人を衝突させて同人を自車ボンネツト上にはねあげたのち、路上に転落転倒せしめ、よつて同人をして同年一〇月二〇日午後九時四〇分ころ、同市内郷綴町沼尻三番地福島労災病院において脳挫創により死亡するにいたらしめたものである。」というのである。ところが、これにつき、被告人は、原審第一回公判期日における被告事件に対する陳述として、「起訴状記載の日時場所において、被害者に自車を衝突させ、死亡させた事実はまちがいないが、『同交差点の横断歩道上に佇立している猪狩義重を』という点は争う、そのとき、私も六号国道に出て車列の中に入つていたから、はつきり認めたわけではないが、被害者は、私の車に背面して私の車と同一方向に歩行していたと思われる、佇立していなかつたと思う。」と述べている。したがつて、原審検察官としては、本件事案の特殊性にかんがみ、いわゆる冒頭陳述によつて、本件事故発生に至るまでの右猪狩の行動および同人が、前記交差点の横断歩道上に佇立していた、というその地点を明示すべきであつたと思われるのに、全然、これが行われていないばかりか、原裁判所が、同検察官に対し、この点の釈明を求めて、争点を明らかにする措置に出た形跡も、記録上認められない。そして、原裁判所は、そのまま審理をすすめ、結局、罪となるべき事実として、被告人が、本件公訴事実のような経緯により、「前記交差点の横断歩道上を右から左に横断し終ろうとしていた猪狩義重を約二七・六〇メートルに接近してはじめて認め、危険を感じ、右方に転把するとともに急制動の措置を講じたが、ついに及ばず、自車前部左角付近に同人を衝突させて同人を自車のボンネツト上にはねあげたのち、路上に転落転倒せしめ」、よつて同人を同公訴訟事実のとおり死亡させた、と認定判示しているのである。すなわち、本件公訴事実によると、本件事故発生直前、右猪狩は、前記交差点の横断歩道上に佇立していた、というのに、原判決は、同人が、右横断歩道上を右から左に横断し終ろうとしていた、と判示しているのであつて、両者の間に、本件事故発生の態様についての認定に、相当著しい実質的なちがいを来すのではないか、とも思われるようなくいちがいのあることが認められる。そこで、当裁判所は、原判決の当否を判断するため、必要と思われる限度において事実の取調を行つたが、右取調の結果を原審で取調べた各関係証拠に合わせて考えると、前記猪狩が、原判示当日午後二時四〇分前後ころ本件横断歩道の右側端(被告人の進行方向から見ていう。以下、左右というときは、すべてこれに同じ。)付近にあるバス停留所(一高前)で、当時たまたま同車していた知合いの高木三郎と別れて平駅行のバスから単身下車したこと、猪狩は、右横断歩道を右から左に横断した反対側の道路を入つたところにあるいわき市内郷御厩町横根三二番館内春儀方を狩猟免許申請の用件で訪ねる目的で、その日午後二時の時計が鳴つてから妻モトにその旨を告げ、所要の書類を携えて自宅を出かけており、また、現に、同じバスに乗り合わせていた前記高木にも、「猟銃のことで御厩町の学校の裏へ行く。」旨を洩らしていたこと、なお、猪狩は、その際、妻モトに対し、右館内方以外のところに立ち寄るようなことは、何も話していなかつたこと、そして、同人は、右館内方を訪ねないで本件事故にあい、死亡してしまつたことの諸事実が認められるが、これらを総合しても、本件公訴事実と原判決との間に前記のようなくいちがいを生じた経緯を理解することができないし、他方、また、被告人が、本件捜査以来原審及び当審公判を通じ一貫して述べている、本件横断歩道の左側端の辺を被告人車に背を向けて同一方向にゆつくり歩行していた右猪狩が被告人車の進行につれ、突然、右横断歩道上を左から右に斜めに横断しはじめた、という事実を裏付けるに足る確たる状況も、今のところは出て来ていないようである(しかし、もとより、被告人の主張するような事実が存在しないことを立証する責任が検察側にあることは、いうまでもない。)。ところが、さらに原判決(本件公訴事実も同様であるが、)が、本件のとき、被告人が、はじめて猪狩の姿を本件横断歩道上に発見して、危険を感じ、右方に転把するとともに急制動の措置を講じたのは、その手前約二七・六〇メートルの地点であるとしている、その「約二七・六〇メートル」という距離の認定は、原審における司法警察員の実況見分(昭和四二年一〇月一五日および同四三年一二月一六日)の際における被告人の指示説明と、これと同旨に帰する被告人の各捜査官に対する供述とによつたものと思われるが、これらの指示説明ないし供述によると、そのときの右猪狩の位置は、本件横断歩道上の左側端(すなわち、アスフアルト舗装部分の左側端)から約一・九〇メートル(前記各実況見分の結果を記載した見取図二通に、それぞれ<イ>と記載してある地点。)ということになつているのに対し、他方、そのころ、被告人の事両は、道路のアスフアルト舗装部分の左側端から約二・四〇メートルの地点を走行して来た、というのであるから、これでは、その際、被告人が、右のような位置にある猪狩の姿を認めたからといつて、同人が、逆に左から右に歩行していた、というのならば格別、さもない限りは別段、直ちに危険を感じることは、およそ考えられない(当時被告人の車両が、本件道路の左側端付近を進行していたということも、後記スリツプ痕の状況から見て、あり得ないことである。)のにかかわらず、原判決が、前記のとおり、「………横断歩道上を右から左に横断し終ろうとしていた猪狩義重を約二七・六〇メートルに接近してはじめて認め、危険を感じ、右方に転把するとともに急制動の措置を講じた、」と認定判示している点には、いささかその趣旨を理解し難いものがある。のみならず、司法警察員作成の昭和四二年一〇月一五日付実況見分調書によると、被告人が、本件事故の直前、急制動をかけたことにより生じたことの明らかな二条のスリツプ痕が本件横断歩道の中央、センターラインをはさんで右斜め方向に向い、左右に一条づつ(そのうち、左側車輪のスリツプ痕の起始部は、道路アスフアルト舗装部分の左側端から約三メートルの地点にある。)印せられているのが見られること、その他証拠上明らかな被告人のフロントガラス、左前部ボンネツト部分の損傷状況、同車の左前部バンバーのほこりがおちていること、同車の停車位置及びその付近における多数のガラス破片の飛散状況等を総合すると、被告人が危険を感じ、右方に転把するとともに急制動の措置を講じたときの前記猪狩の位置は、前述の本件横断歩道の右側端あたりではなく、右横断歩道の中央、センターラインのやや左側付近と見るのが証拠判断上合理的であると思われる(もつとも、原審検証調書添付見取図によると、この地点はセンターラインから相当左寄りのようになつているが、これでは到底前記のようなスリツプ痕はつかないことになる。)。ところが、先にも述べたとおり、原判決は、被告人が猪狩の姿をはじめて見たとき、同人は、右横断歩道上を右から左に横断し終ろうとしていた、というのであるから、この原判決の認定をもとにして考えると、猪狩は、本件横断歩道上をいつたん右から左に横断し終ろうとしたが、横断し終る少し前ころ、何かのことであと戻りしはじめた、そして、被告人が、前記のように、はじめて猪狩を発見したときに同人がいた位置から同人は、被告人車の進行してくる本件道路のセンターラインの方に、左から右に向つて出て来たので、それを見た、被告人が危険を感じ、右方に転把するとともに急制動の措置を講じたがおよばず、本件事故をじやく起するにいたつたとも解される余地があるのであつて、しかも、この点は、先にも述べたような本件における重要な争点とかかわり合いをもつと思われるのに、これについての原審の判断がすこしも示されていないのである(なお、本件公訴事実では、被告人車の衝突個所が前部右角付近とあるのを、原判決は、前部左角付近と認定しており、この認定は正しいと思われるが、この点についての両者くいちがいのいきさつも記録上何ら示されていない。)。これを要するに、原裁判所は、前記のとおり、検察官に対して審理上必要と思われる釈明を求めて争点の所在を明確にすることなく、また、また、原判決は、被告人が、本件横断歩道上を右から左に横断し、しかも横断し終ろうとしていた(これが、本件公訴事実とくいちがつている重要な点であることは、上来指摘してきたとおりである。)猪狩義重を約二七・六〇メートルに接近してじめて認め、危険を感じ、右方に転把するとともに急制動の措置を講じた、と認定判示しながら、被告人が、右猪狩を認めたとき危険を感じたのはどういうわけであるか、また、横断歩道を横断し終ろうとしていたという猪狩が、なぜ、その地点(この地点の所在を原判決は明示していないが、その「横断し終ろうとしていた」という表現から見て、それが前記実況見分見取図記載の<イ>付近を想定しているものと考えるほかはない。)より後方の、同横断歩道中央センターライン上か又はややその左側付近で被告人車と接触したのか、その間における猪狩の行動をどのように考えるのか、という、関係証拠との対照上当然必要と思われる事項についての判断をいつさい示さず、また、全体として一体不可分の関係にあると思われる被告人の供述の一部分だけを採用したまま、これに基づいて事実の認定を行つたため、関係証拠と一見相矛盾するような結論に到達せざるを得なくなつたもの、と思われるのであつて、結局原裁判所が、審理を尽さず、その訴訟手続に法令の違反があり、ひいては事実を誤認したものと考えられ、右違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、破棄を免れない。

(樋口 浅野 田畑)

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